うるさい奴←僕

 人間、ある事をずーっと続けるというのもかなり根気とそれをやり続けていく事で未来があるという事を確信できる勇気みたいなものが必要だと思うのだけれど、一方でやめる事にも勇気って必要だと最近思うことがある。やめる勇気って結構軽視されている感覚が僕にはあって、むしろ、やめる事に対して勇気が必要だとはみんな考えていないのではないか?というそもそも論になってくる。
 始めたんだから何かものにするまで...とすがる。で、たぶんここで天秤が登場するんだろうと思う。「ここまで費やしてきた時間を無駄にするか、未来の時間を無駄にするか」。何も得られないでやめるというのは過去の時間を無駄にした事になって、何かを得られるまで続けると言うのは、結果的にその時間を無駄になる可能性がある訳で、未確定ではあるけど無駄になるかもしれない。となると、どちらの無駄を選択するのか?という話。確定した過去の無駄か、不確定な未来の無駄か。未来で成功すればそれは過去は無駄な時間にならず、投資したという事になるので、未来の無駄というのは、無駄ではなくなる可能性がある。
 それで、過去の無駄を確定させてやめると言ことは、過去を無駄として受け入れる必要がある。というと未来の無駄の方が賭ける価値があるようだけれど、もしかしたら倍ぐらいの無駄をこうむる可能性があるわけで。未来の成功を信じて続ける事に世間は「勇気がある」「夢がある」と評価するけど、過去を無駄として受け入れてやめる場合は大抵「根性が無い」「夢が無い」と言われる。もちろん状況によっては「勇気ある撤退」と評価させる事もあるけれど。
 で、たぶん革新的なことをできる人というのは未来の無駄を許容できる人のような気がする。というか、未来が無駄にならないと信じて疑わない人。僕は疑う人。本当に今のままでいいの?と思う。今やっていることに絶対的自信を持てない。よく言えば慎重。悪く言えば悲観的なのだ。
 書いてきたけど、結論は無い。ただ、やめる勇気もあるなぁって話。それを評価しなきゃならない場合もあるなって。別に、今の会社を辞めようとかは思っていないのだけれど、何故か思ったから書きました。