【ダメ総括】戦いが終わって

WMドイツ大会。
このチームのスタートは04年EUROの惨敗後からはじまっている。
02年WMで準優勝に導いた"チーム・シェフ”ルディ・フェラー
EURO敗退の責任を取って辞任を表明した。


後任監督の選定は困難を極め、言ってしまえば名のある監督は
誰もこの任を受けようとは思わなかったのだろう。
チーム力は高いとは言えず、しかも2年後のむかえるのは自国開催のWM。
これほど責任が重く、成功を至上命題にされた仕事は受けたくないのは当然か。


しかし、その仕事を引き受けてくれる人物をDFBはひねり出してきた。
その人の名はユルゲン・クリンスマン。元ドイツ代表FW。
現役引退後はアメリカはカリフォルニアに居を移していた男である。
彼は監督経験が無い素人監督。その人物に命運を託した恰好になった。
こうして"ブンデストレーナー"ユルゲン・クリンスマンが就任した。


彼は最初から改革を進めていった。
ベテラン集団と言われたチームに若い選手を次々と招集していった。
アメリカからはフィジカル・コーチを呼び、精神面のケアのために
専門家もチームに加えた。そしてレーマンとカーンに競争を強いた。
その競争がひとつの火種を招いた。ゼップ・マイヤーレーマンを批判した。
それを理由にクリンスマンは長年代表GKコーチを務めてきた
ゼップ・マイヤーを解任。ケプケを新たにコーチとしてむかえた。
ここからクリンスマンは批判にさらされるようになっていく。


05年コンフェデ杯で中々のサッカーを披露したドイツ代表はイケル!と思わせた。
積極的に登用してきた若手のなかでシュバが活躍をし結果を出した。


だが…。


親善試合であるオランダ戦。内容的には完全な負け試合であったこの試合で
何とか引き分けたドイツ代表。その頃から批判は徐々に強くなっていく。
続くスロヴァキア戦でも敗戦を喫してしまったドイツ代表に批判はエスカレート。
南アフリカ戦の勝利をはさんでトルコに敗れた。そのトルコ戦では
DFBがドイツ代表入りを要請したと言われたドルトムントヌリ・サヒン
代表デビューで点を決められてしまったのだった。


また、スロヴァキア戦以降ヴェアンスは代表に招集されなくなっていき、
それが後にヴェアンスのクリンスマン批判を生み、代表追放という事態を招いた。


その後の親善試合対中国戦。
ここで辛くも勝利したドイツ代表だったが批判は収まらない。
しかし、クリンスマンはその批判を年末に行なわれたアウェーでの
フランス戦を引き分けた事によって沈静化させることに成功し、
クリンスマン批判の親玉であった皇帝もある程度納得させこの年を終えた。


その後にまっていたのは致命的な惨敗を喫したアウェーでのイタリア戦。


だがクリンスマンはここでもツイていたと言えるのかもしれない。
2軍と呼べるメンバーだったとは言えアメリカに勝利を収め
批判を多少なりとも鎮めることに成功したのだから。


大会直前の日本戦には引き分けたもののそれ以外の試合は無敗だった。
ただ、若い選手が揃ったDF陣の安定という課題ははまったく解決を見ず、
攻撃陣の活躍によって支えられたまま大会に突入する事になった。


そしてむかえた開幕戦のコスタリカ戦。
ラームが開始早々に見事なミドルシュートをゴールに突き刺して先制した。
このゴールはドイツ代表にとって非常に大きなゴールだったと思う。
その後もクローゼが2得点を上げ、攻撃陣は爆発した。
しかし、大会前から不安が囁かれたDFはもろかった。
簡単にDFラインの裏を突かれての2失点。4-2のスコアで快勝したものの
不安と期待の両方を心に抱かせる内容だった。


そして、ターニング・ポイントとなったポーランド戦。
この試合ドイツは終始押し気味で試合を進めていた。
しかし1点がどうしても決まらない。
終盤に2連続でバーと直撃するという場面も合った。
展開が明らかに引き分けの流れだった。


しかし、後半途中から出場したオドンコールとノイヴィルが活躍した。
後半ロスタイムでのノイヴィルの決勝弾。
このゴールは今大会で最も重要なゴールだったのかもしれない
そして、この勝利はドイツ代表に自信を与えたと思う。
DFラインも守り方を変えて安定した。最後まで戦い抜いての勝利。
その事で「俺達は出来るんだ!」という意識を与えたと思う。
それは選手たち、そしてドイツ国民にも。
GL最終戦エクアドル戦は相手が消化試合という雰囲気のなか勝利。


そして決勝トーナメント。
初戦でスウェーデンを難なく撃破した後のアルゼンチン戦。
ここでもドイツ代表は素晴らしい戦いを見せてくれた。
ボールは終始キープされていたが決して慌てなかった。
先制点を奪われてもそれは変わらなかったのだと思う。慌てる必要は無い、と。
そこにも最後に試合を決めたポーランド戦での好影響があったのかもしれない。
最後まで戦えば俺達は追いつけるんだ、勝てるんだという意識が。
そしてクローゼの同点ゴールで追いついたドイツ代表。


PK戦無敗同士が合間見えたPK戦
ここで印象的な場面を僕達は目撃する。
ひとり集中をしていたレーマンのもとにカーンが歩み寄り激励、そして握手。
控えに回り黒子に徹していたカーン。チームのまとまりが現れたシーンだったと思う。
そのPKではレーマンが見事2本のシュートをセーブ。ドイツ代表が勝利した。


そして、準決勝のイタリア戦。
試合は延長まで縺れ込んだ。そして終了間際の失点…。


ドイツ代表の挑戦はここで終わった。
その後の3位決定戦ではムラッ気シュバインシュタイガーが活躍して勝利。
でも挑戦は準決勝の時点でひとつの終わりを見ていたのだと思う。


4年前から決勝の舞台を夢見ていたバラックは目前で涙した。
4年前からリベンジを誓っていたカーンはピッチにいなかった。


バラック
彼の力からすると彼の今大会のプレーは不満が残るものだったかもしれない。
だけど、彼はやっぱりドイツ代表の中心であり続けたと思う。
足をつり殆ど走れなくなりながら最後まで戦い抜いたアルゼンチン戦。
そして、PK戦で二番手で登場しきっちり決めた姿にそれを感じた。


カーン。
彼はこの大会を最後に代表引退を表明。
日韓大会でのあなたの活躍。本当に素晴らしかった。
私生活でのゴタゴタで評価を下げてしまったりもしたけど
3位決定戦での活躍はさすがでした。
今まで有難う。お疲れ様でした。今度はクラブで期待。


そして、ドイツ代表の選手達は一生に一度の自国開催を戦い抜いた。
これは今後の選手生活において大きな財産になると思う。
これを生かすも殺すも選手の意識次第。生かさなきゃ馬鹿だ。


そして、大会終了後。今度はクリンスマンの進退である。
多くの国民、サッカー関係者は彼の続投を望んでいた。
しかし、クリンスマンは「燃え尽きた」と言い退任を表明した。


残念ではある。だが、彼は非常に賢い選択をしたとも言えると思う。
たぶん「燃え尽きた」というのは偽り無き心境なんだろうけど、
ここで辞めると言うのやはり非常にクレバーな選択だ。
大会前には批判に晒されていた身は大会後には英雄扱いを受けた。
今辞めればその「英雄」として名を残す事が出来る。
しかも今度のEUROで同等の成績を残すのは簡単な事ではない。
恐らくWMよりも精鋭が集うEUROはレベル的には上かも。
そういう意味でクリンスマンは懸命な判断をしたのかもしれない。
でも、彼には挑戦を続けてほしいという想いもあった。


後任はクリンスマンの参謀役だったヨアヒム・レヴ。
そう考えるとレヴは非常に困難な役目を引き受けてしまった。
国民はたぶんEUROでは成長した選手たちがもっとやってくれると思っている。
その期待の中で戦うのは大変な事だ。
でも、伸びシロが多い若い選手が多数をしめる今の代表なら、
予選を勝ち抜くことで成長できればある程度やれるのではないかと思う。


WMで3位になったとはいえまだまだ一流国に復活したとは言い切れない。
今回はホームだったという影響は大いにあると思うし。


でも、彼らは自分達のやれる事を最後までやりとおし戦い抜いた。
自分達がアルゼンチンのように華麗なボール回しが出来ない事を理解している。
ブラジルのように一人一人が圧倒的な個人技をもっていないことも理解していた。
その中でどうやって戦うかをはっきりさせたのではないだろうか。
そうなったドイツは強いのだろうと思う。
ドイツ代表は確固たる伝統とスタイルを持っていた。
それは奇麗ではないし華麗でもない。観客を魅了するものでもない。
アッと驚く意外性のあるプレーもあまりない。
だけどドイツ代表は勝てた。己を知っているから勝てた。


僕はそんなドイツ代表が好きなんだろうと思う。


今後ドイツに素晴らしい個人技をもった選手が登場するだろうか。
むしろそういったドイツにかけるものをもった選手が登場した時、
ドイツ代表はまた違った顔を見せてくれるのではないだろうか。
その役目を期待されたのがダイスラーだったのだろうけど…。


今大会を戦い終えたドイツ代表。
このチームは優勝は出来なかったけれど僕達に少なからず満足感を与えてくれた。
今回のドイツ代表を見てドイツサッカー少しでも興味を抱いてくれる人が増えたなら
それも成功だったのだろうと僕は思う。


今大会が終わったばかりだけどすぐ次の戦いがはじまる。
有難うドイツ代表。そして、頑張れドイツ代表。